No.2
 

酒とアートと聖性と    美術評論家 山岸信郎


 画家、故 中本誠司にとって、絵とは、飽くまでも人間の純粋な心のあり家を示す、絶対の聖域であった。

 中学を出るとすぐ自由を求めて放浪のたびに出たというこの画家は、日雇労働者、板前修業、配管工事等々、数々の職業を転々としながらも、独力で夜間高校を終え、その後、二、三の美術研究所に学んだときく。

 柔道で鍛えた逞しい身体と、何ごとにつけても熾烈に示す反俗精神、ひたむきで屈することのない旺盛な制作への熱情と精進。敢て、今一つ加えるなら豪快な飲酒癖もこの時代に身につけたものであろう。

 1970年を前後して、中本氏は東京荻窪にあり、60年安保闘争の挫折感からアングラ、概念芸術等、新たな芸術活動に雪崩こんだ若いアバンギャルドの一だい拠点となっていた。弁が立ち、行動力に勝れた中本氏は自ずと周囲の者の崇敬をあつめていたものと思う。ホアン・ミロと鶴田政雄に私淑していた。 

 70年代の何年かを欧米に放浪した後、仙台、東勝山に建てたスペイン風のアトリエの壁には長く何点かのミロ風の作品が懸けてあったが、その作品たちは、中本氏が常に口にする「自由」な世界とは裏腹に砂をまぶした厚いマチエで閉ざされ、むしろこの画家の現実に対する抵抗の気概と反俗精神をうかがわせるものとなっていったような気がする。私の好きな作品である。

 晩年のすのこ板状の作品は始めスペインの個展で発表されたもの、伸びやかで天体への自由な飛翔を偲ばせる感あり。故人は、思い通りの表現を得たのかもしれない。狂暴なまでに芸術の純粋さと聖性を希求した画家といえよう。


2000年7月27日   美術評論家 山岸信郎

 

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